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小説目次 / 崩れる夜 / · 約1分

合鍵

十年来の友人が、俺に合鍵を渡した。何かあったときのため、と。ただの友達の、ただの合鍵のはずだった。

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「これ、預けとく。何かあったときのために」

そう言って、あいつは俺の手に、銀色の鍵をひとつ乗せた。十年来の友人だった。大学で知り合って、就職して、それぞれ忙しくなっても、月に一度は飲む。そういう、当たり前みたいな関係。合鍵なんて、ただの合理的な話だった。あいつは一人暮らしで、俺の家からも近い。何かあったとき、駆けつけられるのは俺くらいだ、と。

ただの友達の、ただの合鍵。そのはずだった。

でも、その鍵をキーホルダーに付けた日から、俺のなかで、何かが少しずつ狂い始めた。ポケットのなかで、鍵同士が触れる音がするたびに、あいつの部屋を思う。あいつの生活の、いちばん無防備なところに、俺はいつでも入れる。その事実が、こんなにも重いなんて、渡したあいつは知らないだろう。

熱を出した、と連絡が来たのは、寒い夜だった。

大したことない、と言うくせに、声が弱っていた。俺は、渡された鍵を握りしめて、あいつの部屋へ向かった。合鍵を、初めて使った。かちり、と回る、その感触。

薄暗い部屋で、あいつは布団にくるまっていた。来てくれたのか、と、掠れた声で笑った。汗ばんだ額に、前髪が張りついていた。

「悪いな。……お前しか、いないから」

その一言が、ずるかった。お前しかいない、なんて。

額に手を当てると、思ったより熱かった。あいつが、その手を、自分の頬に導いた。無意識か、そうじゃないのか、わからなかった。熱に浮かされた目が、俺を見上げていた。友達を見る目じゃ、なかった。

「なあ」あいつが言った。「今日は、帰らないでくれよ」

握ったままの合鍵が、手のひらに、食い込んでいた。