ジムの後輩
同じジムに通う年下の男。彼女の話ばかりする、まっすぐなノンケ。頼られるうちに、線を越えたくなっていた。
そいつは、いつも俺のフォームを褒めた。
同じ時間帯にジムに通う、七つ下の男。ベンチの補助を頼まれたのが最初で、それからなんとなく、トレーニングの相棒みたいになっていた。まっすぐな男だった。彼女の話ばかりする。今度こういうとこ連れてってやりたいんすよ、とか。うまくいってないんすよね最近、とか。俺は、うんうん、と聞いていた。年上の余裕、みたいな顔をして。
本当は、そいつが汗を拭うたびに、目のやり場に困っていた。
「先輩の背中、まじ憧れるっす」
更衣室で、そいつが言った。着替えの途中で、まだ半分裸で。悪気なんて、ひとつもない顔で。俺の肩に、ぽん、と手を置いて。
その手の熱が、しばらく消えなかった。
ある夜、そいつが落ち込んでいた。彼女と別れたらしい。飯でも行きますか、と誘われて、断れなかった。断りたくなかった。安い定食屋で、そいつはビールを飲んで、めずらしく弱音を吐いた。俺、なんか、人との距離感がわかんなくて、と。
「先輩は、わかります?」
わからない、と俺は言った。本当に、わからなかった。今この瞬間、テーブルの向こうのお前に、俺がどれだけ近づきたがっているか。その距離の測り方を、俺はいまだに知らない。
店を出て、駅まで送った。改札の前で、そいつが立ち止まった。
「先輩」
なんだ、と俺は言った。
そいつは、何か言いかけて、やめた。それから、ふいに、俺の腕をつかんだ。まっすぐな男が、まっすぐに、こっちを見ていた。彼女の話をするときとは、違う目で。
「今日、帰りたくないっす」
年上の余裕なんて、その一言で、どこかへ消えた。俺はもう、線の向こう側に、片足を踏み出していた。